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2007年1月

2007年1月23日 (火)

埼京線の205系に自動車が特攻

続きです(前の記事)。

さて、埼京線でこんな事故がありました。
205系の側面に乗用車が突っ込んだ挙げ句、ガソリンごと炎上して、205系も巻き添えを食ったようです。

自動車に衝突された編成の、中間に位置するモハ204-388が、炎にあぶられ、復旧するか微妙です。
 
さらに、問題はこの後。
川越車両センターから205系10連を救援車として現地に送り、牽引して川越車セへ持って行こうとする。

205系は電気指令ブレーキだから、両方の編成を繋げることが容易ではない(電気連結器、あるいはジャンパ線が必要)。

なので、両方の編成のブレーキを繋げないまま牽引。

牽引していた編成がブレーキをかける

牽引されていた(中間車が炎上した)編成はブレーキが効かないので、後ろから押す形になり(座屈)、救援車のクハ脱線。

 
どの車両がダメになったかによって、埼京線&京葉線の205系と中央線の201系の運命が変わってくるなぁ。現時点では、どの車両がダメになったかの情報が少なすぎるので、詳しくはまた今度。
そう言った時って、書いた試しが…………

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京葉線part3

中央線から京葉線に移る201系の本数ですが、これまでは1本のみと思われていました。が、信頼できる某ブログによれば4本が転属する模様。

 
一連の転属劇に使われる車両は、山手から京葉へ転属した205系の量産先行車。特徴は、205系で唯一の2段窓。それと、山手→埼京線への転属過程で余った、6扉車2両。
転属劇は以下の通り。

まず、京葉線の10両編成(6M4T)を4本用意する。
 
集めた10連の内、2本は武蔵野線向け。サハを2両ずつ抜いて8両編成(6M2T)にする。サハの余りは合計4両。3月改正までに1本転属し、夏までにもう1本転属する。
 
残り2本は、横浜線向け。10両編成からモハユニットをひとつ抜き、8両編成を作る。横浜線向けの編成は、武蔵野線向けと違い4M4Tとなる。これは、6扉車を各編成に1両ずつ組み込むため。205系が山手→埼京線へと転属した時に余剰となった、6扉車を使用する。サハが2両、モハユニットが2つ余る。夏までに2本がそろう。

 
さて、この話が本当だとすると、205系にもバラの余剰車が出始めることになります。
サハに関しては、前回の転属劇の時の余りを合わせて、合計8両(内6扉車2両)。
モハに関しては、ユニットが2つ余り。
廃車はありえないですね。次の大転属劇(埼京線あたりか?)のタネってところかと。

 
続きます。

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2007年1月 5日 (金)

銚子電鉄紀行

日時         2006年12月23日
人数         友人と2人で
新規乗車区間   犬吠から外川(0.9km)
降りた駅の数    10駅(全駅)
買った記念きっぷ 12枚(1800円)
買ったぬれせん  11枚
買ったたいやき   6匹
 
以上っ! (殴
 
てな訳にもいかんので、いくつか気になったこと。

 
やっぱり、線路・車両・駅舎の老朽化が激しい。今回の車両検査と業務改善命令をなんとかクリアしても、何年か後に来るであろう設備更新の波を乗り切れるかどうか。ただ、乗客の中に地元民が多いので、利用客自体はそこそこ居ると思われる。
また、前社長の汚職によって、地元自治体や銀行からの支援は切られている。鉄道ファンや地元住民から、いかに金銭面でのサポートが望めるかが今後の行方を決めるかと。

あと、中ノ町のデキ3は、ウチらが行ったときにはちょうど外に出てた。入場券買ったら、車庫の中にも入れて撮影まで出来るっていう寛容さは、全国でもトップクラスじゃないかな。
あと、澪つくし号は、外川に留置されていた。

Kanon観音駅のたいやきは、そこそこボリュームもあって美味しかったです。
ウチが行ったときは、うぐぅと言う人間はおろか、女子高生すら居ませんでしたが。
あそこの店のフライドポテトは量が多い割に安くてオススメ。たこやきは食べてないので不明。

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